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2008年06月30日

やっと晴れ間、なるとのうんコロリン

明け方4時ごろ、なるとがコロコロのだけど、3かけくらいウンチしてくれた。
寝る前に少しお腹マッサージをしたのだけど、イヤだよ!と言って、あまりさせてくれなかった。

12時半過ぎに、アボキャットキトンをけっこう食べてくれた。もちろん少しだけ馬肉ふりかけもパラリ。
そうしているうちに、やっと外が明るく日がさしてきたので、窓を開け放って風を入れる。

文字
引き締まっちゃった背中。


文字
でも毛並みはツヤツヤ。

2008年06月29日

馬肉ふりかけと楽チンルーム再び

雨が止まず、過ごしにくい湿度。
なるとは、昨日よりは食べるもののドライは一切食べないよと言う。
ウンチなし。

晩ご飯前に、楽チンルームへ入ってもらうことにした。
アイスノンを敷物の下に入れるのはいつもの事。O2アスリートを全開噴射して一気に酸素濃度を上げてから、なるとをイン。30分は我慢してもらった。
02アスリートのボトルの買い置きもバッチリ。

その後、投薬してから晩ご飯。
今日はアニモンダの鶏肉とトウモロコシ、牛肉とアンコウ。
なるとのテンションが上がらないカンジなので、馬肉ふりかけを再びパラパラ・・・
すると、かなり頑張って時間をかけて食べてくれる。
ドライは何で食べたくなくなっちゃったのかな・・・?

入院前はドライ大好き!療法食の減量サポートなのに、もっともっと!と1日50グラムは確実に食べてくれていたのに。
今は5~10グラムがやっと。
カロリーを稼ぐにはドライがいいんだけどね・・・
ちなみにサンプルでもらったアニモンダのラフィネのドライシニア用は、多少食べた。
しかし、クロちゃんがお腹に合わなかったようで、下痢してしまったため置きご飯としては却下。

今まで、なるとは療法食を嫌がったことも無ければ、食べないと言ったこともなかった。
これで猫さんのお世話係が経験する、フードジプシーの仲間入りなのね・・・
でも、遅くはなってしまったけど何でも好き嫌いなく食べてくれる様に訓練する、良い機会だと思って皆で頑張ろう。

2008年06月28日

食いつきアップ

昨日の夜中(6月28日1時ごろ)、押入れのベッドに寝ていたなると。
少し呼吸が乱れかけてきたので、すぐに酸素補給してもらった。
キャリアーの簡易酸素室、パパ命名<楽チンルーム>にオキシリラックスから酸素を入れて、O2アスリート噴射で一気に酸素濃度を上げた中に、なるとを抱っこしていれた。
なるとにはしばらく我慢してもらって、出す時には顔色が若干よくなっていた。
少し安心して、ママも薬を飲んで寝ることに。

天気のせいもあるのだろう。
食欲がイマイチ上がらない。
今のところ一番気に入って食べてくれる、アニモンダのクイジンムースを出して、二番目に気に入ってくれているファムファステインの七面鳥とチーズも出す。
食べてはくれるけど一口二口したら、もういいよ・・・となってしまう。

食べる量が少ないからだと思うけど、便秘も気になる。
一生懸命、トイレでいきむけど、出るのは固めのコロンくらい。
いつも勉強になる、ぎゃおすの国でお腹のマッサージを復習した。
なるとが落ち着いているときに試してみよう。

thefurikake.jpg
夕方、なるとの食べるご飯を追加で買いに走って帰宅すると、いつもなるとを応援してくれるお姉さんからお届けものが。
<おいしい>のために色々考えてくださった事が一目でわかって、嬉しくて涙が出た。
さっそく、用意したアニモンダにパラパラと、食いつきアップ!馬肉ふりかけ!をかけてみると・・・
なるとはハグハグと食べてくれた!いつもより長い時間お皿に向かってくれている。
すごい!さすが!


文字
ハグハグ・・・


文字
弟も負けずに、っていうか、お兄ちゃんを上回る勢いでハグハグ・・・


2008年06月26日

うれしい、なると







なるとの体は、なるとを応援してくださり、いつも励ましてくださる方たちに支えられている。
なるとがご機嫌で入って笑っている箱には、ご自分も愛する猫さんのお世話で大変なのに、なるとを気遣って送ってくださった、なるとに必要なものが詰まっていた。
うれしい、なると。うれしいママ。
感謝の気持ちは言葉にならない。

2008年06月19日

なると退院

6月12日木曜日。なるとの退院のためパパと東大まで車を走らせる。
あいにくの雨、小型の酸素発生器を濡らさないように気をつけて車に積み込み出発。

病院は雨の湿気のせいで犬さんたちのニオイ充満。少しひるむ。そしてあいかわらずの混雑ぶり。
担当のI先生が、とりあえずなるとちゃんにお会いになってくださいと入院室に入れてくれたので、パパと迎えに来たよとなるとに言って、もう少し酸素室に入っててねと説明する。
退院前の検査の結果が出揃ったので、担当教官のF先生からお話があって、そのあとなるとを渡してもらう事になる。かなりの待ち時間、パパと待合室で座って待つ。

やっとF先生がやってきて、摘出した甲状腺腫瘍の生検の結果、良性の腺腫であることがわかりましたと。
そしてFT4も正常値で、甲状腺の問題自体は現段階では考えなくても大丈夫とのこと。
問題は心筋症で、バイアスピリンとエナカルド錠を投薬して、経過を見ていくことになる。
今後は、今回の紹介病院の実籾のS動物病院の先生と提携して診てもらうことになった。

なるとがキャリーに入れられてやってきた。お薬は2週間分をもらった。
先生にお礼を申しあげて、1階の会計へ。
会計は手際が悪い事は十分承知だったけど、今日はなるとを急いで連れて帰らねばならない。
大変申し訳ないけど急いでくれと頼んた。そのせいか、いつももらう会計の明細が無い事に気づいたのはしばらくたってから。
外科と内科で33万円弱。明細が手に入れば追記したい。

車の中で酸素をキャリーの中に送り続けて、何とか帰宅。
なるとはみるみる弱っていくので、生きた心地がしなかったパパとママだった。
お家に入ると、ヨロヨロしながらも部屋をチェックするなると。クロベエは遠くから背伸びしながらお兄ちゃんを気にしている。
少し落ち着いたところで、酸素を吸ってもらう。呼吸はまるでダースベーダーの様な音を立てながらだし、口が薄く開いてしまうので舌も出てしまう。
改めてなるとが、とても辛い体なんだと実感して涙が出る。
でも、ただただお家に連れて帰れたことが嬉しくて、有り難くてたまらない。
助けを与えてくれた方々に言い表せない感謝を・・・

2台揃う

6月11日水曜日。
10時半に老猫会所有の大型の酸素濃縮機をお借りするため都内に行って、その足でなるとの面会へ向かう。
早めに着いたので、車を駅前のコインパーキングへ置いて、朝ご飯を食べたりお花屋さんをのぞいたりした。
部品交換や、動作確認など、大変な作業をして下さったり、かなりの大型の酸素発生器を私の車に積みこんで下さったりと、moomamaさんにはとてもお手間を取らせてしまった。長年のさまざまな介護経験を積んだ方の知識は本当に助けになる。
一人じゃないって本当に有り難く、感謝の気持ちでいっぱい。

東大まで何とか無事にたどり着いた。高さのある箱なので後部座席が気になったけど、ゼンゼン大丈夫で良かった。
明日、退院する事が正式に決まった。
なるとは、疲労の色濃い顔だけど、何とか安定している。本当に強いコで、頑張り屋ななると。
みんなが励ましてくれている事を、ちゃーんと理解している。
明日、パパとお迎えに来るからね!と言い聞かせて帰宅。
なるとを置いて帰る辛さも、これで最後だと自分にも言い聞かせた。

帰宅すると、パパ母に手伝ってもらって部屋に酸素濃縮機を運び込んだ。
小型のエアロ2ミニも届いていて、早速稼動させてみた。以外にブーという振動があるけど、小ささと車で使える便利さを兼ね備えている。
パパが早めに帰宅してくれたので、大型の酸素濃縮機を箱から出してもらって試運転した。最初は大きな音と振動にびっくりしたけど、次第に慣れてきた。
なるとも慣れてくれますように・・・と願った。
そして、掃除と押入れの変なところになるとが入り込まないようにシールしたりしてあわただしく過ごす。

夜になって、電話が鳴り「東大動物医療センターです」と言われた時には、寿命が確実に3年は縮まった気がした。退院の時間が14時と言っていたけど、11時に変更にしても大丈夫でしょうか?という問い合わせだった。
もちろん何時でも参りますと言って電話を切った。
なるとを入院のために病院に連れて行ってから、電話が鳴るのが恐ろしくて仕方なかった。

なると受け入れ態勢を整える

6月10日火曜日、なるとの面会に車で行く。
今日も酸素室でI先生のお話を聞きながらの面会。
呼吸状態は変わらないけど、a/d缶はペロリと食べたそう。ドライはあまり食べないらしい。
木曜日退院をお願いして、なるとにも、木曜日にママとパパが迎えに来るからね!もうちょっと我慢してねと話したら、ハーイ!とお返事してくれた。I先生も、なるとちゃん、ちゃんとお返事できますね!って褒めてくださる。

家の近くで、なるとの擬似酸素室を作るために必要なものを色々揃えた。
パパも木曜日はなるとの退院なので、お仕事休みますと関係者に言ってあるそうで、あとは酸素補給を家でどの程度行えるかが課題。

酸素の準備

6月9日月曜日、朝から微妙なお天気で夕方から雷雨とかいう予報もあったので、念のため電車でなるとの面会へ向かう。

担当教官のF先生から、自宅で酸素補給の用意ができるなら、退院させるほうが良いと言われた。
現在手配中なので、もうしばらくなるとをお願いしますと伝えて、今日は酸素室でなるとに面会した。

なるとは、ハッキリとママー!って言ってくれた。声は出ないけど。
やっぱり酸素室から出すとダメだそう。肺の機能がどの程度なのかは不明。
もう一つ考えられる事として、甲状腺の値が今だ高いために起こる頻呼吸があるのかも・・・と。
FT4は外注検査にだしているので、その値でハッキリわかることになる。
なるとは、いつもどおり賢く愛らしい顔には変わりなかったけど、疲れが強く表情に出ていて胸が締めつけられそうに感じた。酸素の機械を今用意しているからね、早く退院できるようにしようね!と励ました。

結局、自宅に帰り着くまで雨一滴も降らず。
夜になって、明日の夜に酸素濃縮機が前の貸出先から帰ってくるとの連絡を受ける。
パパの判断で買った、小型の酸素発生機・エアロ2ミニも水曜日の午前中に到着する。
木曜日には、なるとを退院させるメドがついた。
早くなるとがお家に帰ってこれますようにと祈らない日はなかった。

しーんとした土曜日の病院

6月7日土曜日、この日はパパがお仕事だったのでママ一人で車でなるとの面会へ。
例のごとく、土日で正門の大きい門が閉まっていたため、わきの小さな門からソロソロと車で入った。

病院の前は車も一台も止まっていなくて、静まりかえっていた。
車で時間を潰し、14時になったので2階の受付へと上がっていって、内線でなるとの面会をお願いする。
私を入れて3組しかいない待合室は、いつもと違って寒いくらい。

I先生がなるとをバスタオルに包んで連れてきてくださった。
なるとは、昨日と変わらない様子で、ママをしっかり見てお手手にコッツンしたりスリスリしてくれる。
なるとの顔を見るだけで元気が出る。

I先生はかなりお疲れの様子、仮眠中だったのかもしれず、申し訳ない気持ちになったけど、いつものようになるとの様子を教えてくださった。ご飯はウェットをちゃんと食べたそう。
先生は、入院生活は猫にとってとてもストレスになるので、なるべく早く退院させてあげたいけど・・・と。
しかし、この日は点滴ポンプの調子が悪く、何度なおしてもエラー音が鳴ってしまう。
私もなるとを酸素室の外に長い時間出すのが恐かったし、自分が脳梗塞の時につけていた点滴ポンプのエラー音が鳴って不安になった気持ちを思い出して、なるとを入院室に戻してくださいとお願いした。
今日はいつもの入院室ではなく、診察室の後ろの広い部屋にある入院ケージの酸素室に入っていた。
I先生に素直に抱っこされて、酸素室の扉を開けた途端、飛び込んでいったなると・・・
今はママより酸素室がなるとの体に必要なのね。
明日はこれないけど、月曜日は来るからね!となるとに話して、帰宅。

夜になって、ニャダコさんを通じて老猫会の酸素濃縮機をお借りできる手配をすることができた。
お忙しいmoomamaさんのお力をお借りできて感謝した。


2008年06月10日

なると頑張る

6月6日金曜日。
今朝は身支度だけ、メチャクチャ早く整えて、じっと時間を待った。
フェイママさんがお電話くださって、なるとの状態を説明して泣き言を言う私をいっぱい励まして下さった。
電車に乗り、シートにヘタり込んで、涙が出そうになるのを堪えているとニャダさんがメールを下さって、フェイママさんと病院へ励ましに来てくださるという。
とても嬉しかった。フェイママさんのフェイちゃんも、ニャダさんのがらぴんも、なるとのお兄さんお姉さんで親戚と同じ。みんなの祈りがなるとには聞こえていたと思う。

この日、東京は夏日でとっても暑かった。
小走りで門をくぐり、病院までたどり着いた。
受付を済ませ、いすに座っているとすぐに後ろで名前を呼ばれた。
内科の担当医のI先生が、なるとを抱いて、その後ろに介護士の方が点滴の機械を持って立っている。
なるとは昨日とは比べ物にならないくらい、呼吸状態が改善されているのがわかった。
そんななるとの姿を見て、飛び上がるほど嬉しかった。

I先生が「今も酸素室に入っているけれど、かなり呼吸は楽になってきていますよ」と言って、なるとをいすに座らせて、点滴ポンプをコンセントにさしてセットして下さった。
なるとはママをみてサイレントミャオをしてくれた。

早く連絡をよこせと言ってたパパに写メをした。ものすごく喜んでいた。
そして、ナゼナゼしながらすごく頑張っている、偉いなるとを褒めまくった。
少しして、ニャダコさんが駆けつけて下さった。なるとを見て、いっぱい励ましていただいた。
でも、そうこうしているうちに、なるとはまた苦しそうな息になってきたので、担当医を呼んでもらって酸素室に戻してもらった。
そのあとフェイママさんも来てくださって、なるとの頑張りを褒めてくださり励ましてくださる。
ママもなるとも、応援してくださる優しいお友達に囲まれて、なんて幸せモノなのだろうと思った。
この日も病院は大賑わいの、先生がたてんてこ舞いで、なかなか担当教官がつかまらず説明を聞くのを待った。

担当教官のF先生から、なるとが心筋症に起因する問題で呼吸が正常でなくなっている事、それは肺の血管に血栓が詰まってしまったためと思われる。そして、酸素室の中で、ペパリンの点滴とアスピリンを投与して様子を見ていくしかないこと。
今の時点では血栓溶解剤をつかうのリスクが高くなりすぎるので考えていない、なると自身が持つ治癒力で血栓を溶かしていける可能性を願うことしかない。
だいたい以上のことを説明された。
一緒に聞いてくださっていたニャダさんとフェイママさんも、宜しくお願いしますと一緒に頭を下げてくださった。
帰る前に、酸素室にいるなるとに会って帰らせてくださいとお願いして、なるとにママは明日も来るからね!頑張ってね!愛してるよ!と伝えて病院を後にした。

電車オンチな私に、ニャダさんとフェイママさんが乗継まで考えてくださって、帰宅できた。
みんなの願いと祈りがなるとに届いているのは間違いないって確信した日。
力を貸してくださる方と、その方たちの愛するコに心から感謝した。
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首のホチキスが痛々しいけど、強い顔のなると。
ママの自慢の息子。


なると呼吸困難に陥る

6月5日木曜日、なるとにめんかいするためにモノレールの駅までパパ母に送ってもらって、東大へ向かう。
快速の中でウトウトしかけた時、携帯がなった。

慌ててデッキに出て電話に出ると、外科のT先生からで「昨夜からなるとちゃんの呼吸が乱れてきて、今酸素室に入れて治療しています。すぐこられますか?」と言われて、頭を殴られたような気分で、後30分ほどで着きますのでと言うのが精一杯。
錦糸町を過ぎたあたりだったので、一番早く行ける新日本橋で電車を降りて橋ってタクシーを捕まえて急いで病院まで行ってもらう。
パパは一足早く病院に着いていたので入り口で合流して、受付へ。

すぐに入院室のなるとの所へ連れて行かれた。はるとは酸素室の中の奥の壁の前に立った状態で(犬で言うところのお座り)完全に口は大きく開けたままハアハアしている。
でもママとパパの姿を認めると、私たちを見ながら、出ない声で「ニャー!ニャー!」と言う。なるとは普段鳴かない。本当に苦しそうで「パパ、ママ、助けて!」と叫んでいるように聞こえて、可哀想で恐ろしくて、涙が止まらなくなって震えてきた。

外科のT先生が来て、今の状態の説明を受けた。
呼吸が苦しくなっている理由は心筋症からくるもので、血栓が肺の血管に飛んで肺血栓をおこしているためだと思われる。
なので、現在対処療法として点滴でアスピリンとヘパリンの投与をおこなっているところである。
より状態が酷くなれば、血栓溶解剤の投与も考えているけれど、術後ということもあり副作用が大きく出る可能性がある。いずれにせよ予断を許さない状態で、何かあればすぐに連絡をするつもりです。
大体こんなことを言われたと思う。
パパは一言も声を出せないまま、なるとを見つめている。

長居が出来なかったので、帰る間際に酸素室のアクリルの扉に手をつけて、なるとに頑張るんだよ!愛しているよ!と呼びかけた。
なるとは酸素室の奥から歩いてきて、ママにくっつくように扉の前でママを見つめてくれた。
今日から内科に転科して入院という事で、両科の先生に宜しくお願いしますと頭を下げて入院室を出た。
夫に促されて、車に乗り込んで帰宅。
頭がボーっとして涙だけ止まらない状態で家に着き、電話連絡やメールをする。

なるとに強く呼びかける。みんななるとのために祈ってくれているよ。どうか頑張って切り抜けてと呼びかけた。
自分にできる事はなんて何もないんだろう・・・無力感。
パパはショックを受けているのを隠そうと努力しているけど、見ていて可哀想なほど。
なるとは本当にパパに似ている。所作や顔や性格も。
なるとが無事にお家に帰れるように、祈り続けた。

電話が鳴るのが、酷く恐ろしいけれど、電話機を手元から離せない。
長い夜と朝を過ごした。

2008年06月07日

なるとに面会

6月4日水曜日、朝から用事をサッさと済ませてなるとの面会に向かう。

面会は14時から16時の間と決まっているけれど、早く着いて向こうで待とうと思って11時過ぎには車で家を出た。
病院で受付を済ませると、しばらくして外科の担当教官のT先生と、担当医H先生に連れられて、なるとが姿を見せた。
(ここの病院では、動けないコ以外は待合室に連れてきて面会時間を過ごす)

点滴のための留置針をとめるバンテージを左腕に巻いて、首にはカラーが付いていた。手術の縫合された部分には保護のための絆創膏みたいなものが貼ってあるけど、傷には密着していないのでホチキス留めの様子がはっきり見えた。でも、傷はとてもきれいだった。

なるとは疲れてみえたけど、思ったよりはしっかりして力も強く、動作もすばやかった。
H先生からの説明を、手術中の甲状腺腫瘍ののデジカメ画像を見せていただきながら聞いた。
先生がおっしゃるには、なるとの摘出した甲状腺腫瘍は病院最大のものだったらしい。3.5センチほどあったようで、こんなものが喉のあたりにあったなんて・・・と絶句するほどの大きさだった。
残した片側の甲状腺も大きくなっているのが確認できた。でも、両葉摘出するのはリスクが大きいので今回は片方のみという判断。

先生達が戻っていかれて、しばらくなるとと一緒に待合室で座っていたけど、呼吸がしにくそうで舌を出してしまう。心配になってH先生を呼んでいただいて、そのことを話すと「手術後からこんな状態なので、飼い主さんがそばにしてあげて落ち着くかもしれないので少し様子を見てあげてください」と言われた。
なるとを撫ぜたり話しかけたりしながら、時間を過ごすけれど、やっぱり口が開いて呼吸がしにくそう。
H先生に連れにきていただいて、なるとは入院室に帰っていった。

正直、もう少し元気でいるかと思ってしまい、かなり気が動転していた。
やっぱりなるとの体に、手術はかなりの負担がかかってしまったんだと改めて実感して、早く少しでも楽になってくれるように祈った。

病院の前の駐車スペースから車を出す時に、やってしまった・・・
コンクリートのブロックに右側のドア下を当て、かつ擦ってしまった。
気持ちが乱れているのがこんなところに影響してしまうなんて、ショック。
帰り道は安全運転を心がけて何とか帰宅。

帰ってからパパに、車当てちゃったと告白。夫は怒らない。怒られないほうがツライ・・・
しかし、明日は電車で行きなさいと言われる。
パパも明日は一緒に面会できるかもしれない。


なると手術

6月3日火曜日、なるとの甲状腺摘出手術がおこなわれた。

手術開始時と終了後に電話で連絡をいただけることになっていたので、朝からトイレに行くのも固定電話の子機を持って動いたり、洗濯や音の出るものを使うのもイヤで、ただ連絡を待った。

11時過ぎ、外科の担当教官のT先生から電話があって「今から用意をして、なるとちゃんの手術をはじめます」と連絡。
どうか、上手くいきますように。麻酔からちゃんと醒めますようにと祈りながら待った。
15時をすぎて、パパも何度も連絡がないか聞いてくるし、16時になったらこちらから連絡しよう!と決心した時に電話がなった。
T先生からで「手術中、手術後も特に大きな問題はなく終了しました。明日面会に来ていただけるので、その時に詳しくお話しますが、片側の甲状腺腫瘍はかなり大きく摘出しましたが、もう片方も大きくなっていました。でも両葉とってしまうリスクの大きさを考えて片側のみの摘出です」という事だった。

とりあえずはホッとしたけど、正直なところなるとの顔を見るまでは生きた心地がしない気分だった。
家族やご心配をおかけしている方たちに連絡をした。

なるとが昨日から入院して家にいないのはわかってはいる。でも、無意識になるとの姿を探してしまう。いつも寝ているベッドや、窓際やご飯のお皿の前。一日も早く帰ってきて欲しいと願った。


2008年06月05日

なると入院する

6月2日月曜日、午後13時半前になるとと共に東大に到着した。
実はパパが仕事を抜けてこられるか微妙だったので、心強い付き添いをお願いしていた。

受付を済ませてしばらくすると、パパが顔を出してくれた。でも、すぐ会議に戻らないとダメだそう。
そこにフェイママさんが来てくださった!
なるとをいつも見守ってくださる猫友さんのフェイママさんは、ボケーっとしてしまうママをフォローして下さる。
パパがなるとに声をかけて帰っていった。
おとなしく、賢く待つなると、とても不安で落ち着かないママ。

14時過ぎに、外科の担当のM先生の診察に呼ばれた。担当教官で執刀医のT先生と一緒に、なるとを担当してくださるそうだ。とても優しくなるとを扱ってくださり少し安心できた。
物理的な検査は先週済ませているので、なるとについてのお話と触診をしたあと再び待合室で待機。
すぐに、また診察室に呼ばれて外科の担当教官のT先生から、なるとの受ける手術についての詳しい説明があった。

予定としては、片側甲状腺切除術。実際開けて見なければわからない分野なので、もしかしたら両方をとる場合もある。でも、その場合副甲状腺(上皮小体)が失われる事による、ホルモンバランスの乱れとカルシウム濃度のコントロールが出来なくなるというリスクがある。

なるとは肥大型心筋症をもっているので、血栓塞栓症で血栓が体のどこかに飛んで問題が起きた場合、唯一出来る治療としては血栓溶解薬を直ちに投与することだけど、その薬がとても高価(1バイアル10万以上)だけど、使用しても良いですかと聞かれる。それはお願いしますと答える。

甲状腺機能亢進症の猫では、機能亢進のために腎臓に普通よりもたくさんの血液が流れ込むために、実際に腎臓の働きが低下していても、血液検査の数値として悪く出ない(マスキングされてしまう)。
甲状腺を摘出する事でマスキングが取れてしまい、もし腎臓の機能が落ちていたら、それが顕著になり腎不全が発病(発覚)することになる場合もある。

T先生の説明は分かりやすく、しっかり理解できたので、手術に関しては最善の方法でお願いすることに。
承諾書にサインして控えをもらう。
最初、手術は6月4日水曜日に予定されていたのだけど、T先生のほうからも術後のモニタリングをよりたくさんできるので、6月3日火曜日に手術を変更するようにしていただいた。
手術当日は面会は出来ないので、術前と術後に電話をしてもらうことに。
宜しくお願いしますと言って、なるとを持参の荷物と共にお預けする。
フェイママさんにも励ましてもらい、ママもいっぱい愛しているよ!と伝えてなるとを見送った。

少し放心してしまったママだけど、フェイママさんの励ましで何とか顔を上げて病院を出る。
もし、一人であったらどれほど不安に打ちひしがれてトボトボ帰る事になったか・・・
遠いところを付き添ってくださったフェイママさんに心から感謝。
帰りに新宿までお送りして、お茶して帰宅。

帰宅後、なるとのいない家の中はあまりに静かでショックなほど。
クロベエはおとなしいコだし、もともとまったく手もかからないコ。
お兄ちゃんは頑張ってるとクロベエに話して少し休む。

(続く)

2008年06月03日

甲状腺腫瘍

5月も終わりに近づいた頃そろそろ、なるとの血液検査のために東大の動物医療センターから紹介された市川市の病院に連れてゆこうと思っていた。

なにげなく、いつものようになるとを撫ぜまわしてした時に、ふと胸の上で喉の下辺りにブニっとした塊があることに気づいた。
最近は咳も出ておらず、体調は良いけど呼吸が少しだけしにくい(?)感じがあった。それも度々ではなくて時々だったけど。

今年1月に東大で縦隔のう胞と診断された経緯もあるので、一瞬それがまた大きくなったのかとも思ったけど、こればかりはシロウトには分からない。すぐに市川の動物病院にコンタクトをとって受診した。

5月23日金曜日に市川のS動物病院にて、大学病院から紹介されたK先生の診察を受け、T4を含む血液検査とX線写真をとる。
血液検査では、腎機能の値は正常、ALTが高く、カリウムが低めギリギリといういつものパターンで、K先生はまあ問題ないという範囲ですと。T4は外注のため不明だけど、それよりなにより胸(喉下)の塊がきになると言われた。X線写真では縦隔のう胞の影はうっすら残っているけど、それでは無い。
東大で詳しく検査するほうが良いでしょうとのこと。
(後でわかったが、この時点でK先生は甲状腺腫瘍を疑っておられた)

その日の夜にK先生より電話で、東大の予約がとれて、翌週5月27日の火曜日に行って下さいといわれた。
すばやい対応に感謝して、電話を切る。

通院でかなりご機嫌の悪いなるとに、来週の予定を説明してまた大学病院に頑張って行こうねと話す。
なるとのこの日、採血がうまくいかずかなり大変だった。気も立っていたし、ナーバスになっていた。帰宅後もキャリーバッグに篭ってしまい、そのあと2日間食事の時とトイレの時以外、キャリーバッグの住人になってしまっていた。
パパもかなり心配して、色々励ましたり遊んだりしてくれたので、週明けには元通り元気に普段どおりのなるとに戻ってくれた。

なるとはとても理解力が高いので、何でも話して聞かせるようにしている。今回の事も、大学病院で検査して対処していこうねと話していた。ちゃんと聞いてくれている賢いなると。

5月27日火曜日、13時の予約だったので遅れないように11時に出発。なるともそれほど大騒ぎせずに良いコ。
1時間チョイで東大に到着し、待合室でなるとと待機。待合室は犬さんが多くて人もたくさん。
13時半前に呼ばれて内科の診察。
今回は指導教官は前回と同じF先生だったけど、担当医は女性のI先生。今回の経緯を話して、今のなるとの状態を説明した。そして診察、体重測定では、6.1キログラム。減り気味だと少し心配。
そのままなるとを預けて詳しい検査になった。

1時間半ほどしてなるとを連れてI先生が待合室に現れた。なるとはとてもおとなしく賢かったそう。
詳しい説明は指導教官のほうからあるので、もう少し待ってくださいと言われて、待つことしばしでもう一度診察室に呼ばれた。

F先生から、血液検査・X線撮影・エコーの結果、甲状腺腫瘍だと診断しましたと言われる。
ママは正直ちょっと予想外で、すぐに言葉が出なかった。
しかし、かなり大きくなっている為に外科的処置をするほか無いと説明があって、ダブルで衝撃をくらった。
T4は前日に結果が出ていて2.7と基準値内だったが、T4値の高さと甲状腺の腫瘍化とは必ずしも比例しないとのこと。
なるとは肥大型心筋症も持っている為、麻酔しての手術に対するリスクは高いし、そうでなくても体にかかる負担は大きい事は十分説明を受けた上で理解できた。でも他にとりえる方法は無いというのが事実。そして腫瘍がかなり大きくなっている為に早めの摘出が最善とも聞いた。

で、どうしますか?ここで手術しますか?と聞かれたので、1日ほど時間をもらって夫と相談しますと伝えた。
電話で連絡をすると約束して、帰宅する事に。
今回の会計は30500円だったはず・・・ぼーっとして領収書を捨ててしまった。
前回と違うのは針生検をしなかった事だけのはず。2万近く安いんだーと思った記憶アリ。

帰宅してパパと相談、というか話し合い。
出来てしまったものはとるしかないでしょう、とパパは言う。人間でもそうだろうと。
なるとが手術の際にリスクを負うのも理解の上で、手術してもらうと決めた。
なるとにも説明して、一緒に頑張ってゆこうねと話す。いつもどおり可愛く聡明な眼をしてママの話を聞くなるとを見ると、このコに辛くて痛い思いをさせるのが耐えられない気持ちに襲われる。
でも、きっと上手くいって、もっと楽しいもっと快適な生活が送れるようになると信じ、なるとの力を信じて行くしかない。

5月29日、東大のF先生に電話で、手術をお願いしますと伝える。
折り返し電話があって予約がとれたので、まず外科の担当医(執刀医になる)の診察を受けて、そのまま入院し手術という運びになった。日時は6月2日月曜日、14時に連れきて下さいと。
あんまりの速さに、さすがにひるんでしまったが、早いほうが良いとの判断によるものなので覚悟を決める。

その週末はなるととゆっくり過ごした。なるとも驚くほどのリラックス状態で、27日の東大通院から帰宅後も普段どおりの、ママパパに甘え生活。食欲も変わらず、しっかり排泄し、体調も落ち着いている。

6月2日月曜日は飛ぶようにやってきた。
ママはなるとのお気に入りのママの毛布をカットして、3枚の小さいブランケットを作ってみた。縁をコットンの毛糸でブランケットステッチにした。
なるとのご飯・ドライとパウチ、ブランケット、念のための大判ペットシーツを紙袋に用意した。
なるとはすんなりとキャリーバッグへ入ってくれて、車中ほとんど鳴きもしなかった。
今回も渋滞も無く1時間少しで東大に到着した。(続く)
ぼくは良いコだよ
入院前日のなると。どうしようもなく可愛く、そして愛しい息子。